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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)131号 判決 1965年2月22日

原告 松原平蔵 外四名

被告 国

訴訟代理人 古館清吾 外三名

主文

被告は原告らに対し、別紙物件目録記載の山林について東京法務局氷川出張所昭和三一年三月三〇日受付第一〇八号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を、被告指定代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告ら五名は、その共有にかかる別紙物件目録記載の山林(以下本件山林という。)につき、昭和三一年三月三〇日被告の契約担当官である農林省東京営林局長石川武平との間において代金二二、〇〇〇、〇〇〇円で、保安林整備臨時措置法(昭和二九年法律第八四号、以下措置法という。)第四条第一号に基づく売買契約を締結し、同日東京法務局氷川出張所受付第一〇八号をもつて、被告(農林省)のため右売買を原因とする所有権移転登記がなされた。

二、しかし、右売買契約は、次の理由により無効であり、または取消されたものである。

1 措置法に基づく保安林の買入は、治山治水という国土保全等の公益遂行のためのものであつて、もとよりこれにより国が国民の犠牲において経済上の利益を得ようとするものではなく、措置法は、右のようなその目的にかんがみ、売渡人である国民に不当の損害を与えないことを根本理念としているのであつて、買入の価額は時価によるべき旨を特に規定し(同法第七条、第四条第一号)、また、この時価を算定するために詳細な規定を設けているのである(同法第七条、昭和二九年政令第一八九号保安林整備臨時措置法施行令-以下施行令という-第五条)。

2 公序良俗違反について

(一) 原告らは、昭和一二年の東京営林局の調査および昭和三〇年一〇月の東京都経済局農林部の調査の各結果などからして、本件山林の材積は、少なくとも六〇〇、〇〇〇石(うち用材は五二〇、〇〇〇石)はあるものと考えていたので、被告との本件山林の売買の折衝に当たつても、その材積として右の数字を主張し、代金も時価として九八、〇〇〇、〇〇〇円余を主張した。

しかし、被告は、厳格な調査の結果であるとして、地上の立木中適正伐期齢級以上の齢級に属する立木および適正伐期齢級未満の齢級に属する立木で市場価格のあるもの(施行令第五条第一号参照)の材積は、用材が一五二、五七五石、薪材が一六二、三四一石であると主張し、その時価は二二、〇〇〇、〇〇〇円であると算定主張した。なお、右算定に当たつて薪材は無価値とされた。

(二) そこで原告らは、被告の右調査の結果に信頼し、材積および時価を被告主張のとおりとして売買契約を締結したのであるが、本件山林の売買に先立つて被告のした材積の算定は実地についての誠実な調査に基づくものではなく、買入価額をなるべく少額にするために形式上材積を過少に表示したものであつて、事実は、原告らの主張した材積が正しいのである。

ところが、被告は、右のとおり買入の目的物自体について何ら誠実な調査をせず、材積を実在材積の四分の一という程度に故意に過少に評価し、むしろ、総額二二、〇〇〇、〇〇〇円という価額に応ずるように逆算した材積を表示したに過ぎず、到底時価といえない低価額によつて買入をしているのであつて、本件売買は時価による売買とはいえず、措置法の理念を全くじゆうりんするものであるから、右売買契約は公序良俗に反し無効であるものといわなければならない。

(三) 被告は、右のとおり本件山林を時価の四分の一で買取つており、驚くべき暴利行為であるものというべく、しかもこの暴利行為は、原告らの窮迫に乗じ、且つ、国に対する信頼を逆用して行なわれたのである。すなわち、原告らが、被告の材積調査の結果が原告らがかねて考えていたところと非常な差があつたので、幾度もその再調査を請求し、その算定の不当であることを陳情したにもかかわらず、被告はこれに耳を貸さず、その調査の結果には何らの過誤がないと主張し、もし不服があるならば買入を取りやめるしかないが、予算年度が変われば廃案になり、今後の買入は不可能になるから覚悟せよ等と述べ、一方原告らは負債の整理等のため金融を得るのに困り果てていた際であつたので、のつぴきならない苦境に追い込められたのであつて、このような事情からやむなくついに売貿契約を締結するに至つたのである。

従つて、右売買契約は、原告らの窮迫に乗じた暴利行為であるという点からいつても、公序良俗に反するものとして無効である。

3 本件売買契約における原告らの売渡の意思表示は、錯誤により無効である。すなわち、原告らは、本件山林の立木の材積が被告主張のとおりであると信じて、右材積を表示した上で本件山林を売渡したのであるが、真実は、原告らが主張した材積が正しいのである。

従つて、原告らの右売渡の意思表示は、その重要な部分に右に述べたような錯誤があり、無効である。

4 被告は、前記のとおり本件山林の立木の材積を何ち誠実に調査せず、その数字は全く架空のものであつたにもかかわらず本件売買契約の締結に際して、右調査は国家的良心に基づく真実の調査であつて、これには何らの過誤もないと強調して原告らを申し欺き、原告らの行政官庁に対する絶大なる信頼に乗じてその旨原告らを誤信させた上、本件売買契約を成立させたものである。

よつて、原告らは被告に対し、本訴の訴状において右売買契約におけるその意思表示を取消す旨の意思表示をした。

三、よつて、原告らは被告に対し、前記所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求める。

(被告の答弁および主張)

一、請求の原因に対する答弁は次のとおりである。

1 第一項、第二項第2号(一)は認める。

2 第二項第2号(二)、(三)、第3、4号は否認する。

二、本件山林の買収の経過は次のとおりである。

昭和三〇年九月七日、原告らから東京営林局に対して措置法に基づいて本件山林を売渡したい旨の申入がなされたので、営林局では検討の上買入をするのが相当であると認めて、同年九.月下旬より一一月上旬にかけて係職員を現地に派遺して材積等の調査を行ない、引続いて土地および立木の評価を行なつた。-その結果買入額は合計二二、〇〇〇、〇〇〇円と決定したが、原告らの申出た価額は八三、一六〇、〇〇〇円であつて、両者には著しい差があつたので、同三一年二月ごろ、原告らに対し右の評価額を示し、売渡に応ずるかどうかをただしたところ、原告らは回答を保留していたが、結局被告の示した価額による売渡を承諾し、同年三月一二日前記評価額による買入上申書を同局に提出した。そこで同局では、農林大臣の認可を得た上、原告ら主張の日に原告らとの間に本件山林の土地およびその地上の立木全部についての代金を二二、〇〇〇、〇〇〇円とする売買契約を締結した。

三、本件山林(特にその材積)の評価は次のようにしてなされた。

1 本件山林は、措置法第四条第一号に基づいて買入れられたものであるが、同法第七条によれば、買入価額は時価によるものとし、政令の定めるところにより評価基準に基づいて算定しなければならないと定められている。そして、この評価基準等については、施行令および保安林整備臨時措置法施行規則(昭和二九年農林省令第四三号)のほか、次のような各通達において民有林野買入の手続および評価の方法が詳細に定められている。

(一) 保安林整備臨時措置法に基く民有林野の買入等の手続について(農林省事務次官通達昭和二九年七月二九日付、二九林野第一二、〇五九号、以下次官通達という。)

(二) 保安林整備臨時措置法に基く民有林野の買入等の調査要領について(林野庁長官通達昭和二九年六月三〇日付、土九林野第一〇、〇五九号、以下長官通達Aという。)

(三) 保安林整備臨時措置法に基く民有林野の買入等の評価要領について(林野庁長官通達昭和二九年七月一二日付、二九林野第一〇、九一二号、以下長官通達Bという。)

(四)保安林整備臨時措置法に基く民有林野の買入等の評価要領の運用について林野庁長官通達昭和二九年八月二五日付、二九林野第一〇、九一二号)

2 次官通達(第2評価調査)には、営林局長は、森林等を買入れる場合には当該森林等について立木竹の数量および価額等の事項を調査しなければならない旨定められているのであるが、材債の調査は、毎木調査の方法によるのが最も正確であるが、本件山林については面積が広いことや、位置、地形等の関係上毎木調査が困難であつたので、これを林相によつて針葉樹、広葉樹、針広混合に区分し、そのうち標準地をとり、標準地内については毎木調査を行ない、その結果につき各地域の面積に応じて算出したものである。(長官通達A12、適正伐期齢級以上の立木及び適正伐期齢級未満なるも市場価格ある立木の調査「用材林は毎木調査を原則とするが、林況によりその必要がないと認める場合は標準地調査によることができるものとする。薪炭林は標準地調査によるものとする。標準地の面積は対象地の面積の一〇〇分の五を標準とする」)

3 右調査終了後、右のとおり材積等の数量が確定したので評価基準に基づいてこれを評価したのであるが、(長官通達A17、価格評定「前各号の調査が終了し面積、材積等の数量が確定すれば評価基準に基いて評価するものとする」)、立木の価額は、施行令第五条所定の評価基準に基づいて、樹種別、用材薪炭材別に、施行令附録第一の算式に従つて算出されたものであるところ、右算式の各算定因子の内容は施行令のほか長官通達B(第3立木竹の価額)において詳細に定められているが、そのうち用材関係の算定因子についての右通達の定めは次のとおりである。

(一)f1は、特別の場合を除くの外は、当該立木の伐採、搬出の便否、地方の慣習等を考慮して次の範囲内で定める。

針葉樹 〇・七〇~〇・九〇

広葉樹 〇・四〇~〇・七〇

(二)A1は、当該立木竹から生産される素材の長級別、径級別、品等別にそれぞれ最寄市場価格によつて算出し、これを生産割合によつて加重平均して一石の価格を算出する。

(三)1

当該立木竹の伐採開始後その素材、薪又は木炭を搬出並に運搬して最寄市場において販売するまでの事業期間の二分の一乃至三分の二とし、月数で表わす。事業期間は、伐出事業の危険率及び難易等を考慮に入れて定めるが最高三カ年とする。

(四)r

月一分を標準とする。

(五)B1

最も合理的に事業した場合の素材、薪、木炭の伐採して最寄市場において販売するまでに要する単位当り経費の合計額であつて、この場合の算定の基礎となる人夫賃、運搬費等は総て当該地方で通常支払われている額とする。

(六)V

針葉樹、広葉樹とも枝条を含めた材積である。なお、東京営林局の立木価額算定において、ぶな、さわぐるみ、その他の広葉樹および新炭材合計一九六、一〇九石の価額を算入しなかつたのは、これらのものは市場に搬入するまでの経費が市場価格を超過するため経済的に無価値であつたからである。

4 施行令第五条および長官通達B(第3立木竹の価額)には、立木竹の価額は、施行令所定の算式により算出される額を基準とするが、官公署、金融機関その他適当と認めらる者のいずれか一以上の評価額を必ず参しやくして算定しなければならない旨定められているので、土地および立木の評価について大蔵省関東財務局および日本勧業銀行に依頼したのであるが、その回答(右各評価は、東京営林局の調査にかかる立木の樹種石数を基準としてなされたものである。)を検討した結果、立木の評価については東京営林局の評価を採用するのが相当であると判断したものである。

なお、東京営林局の評価額は、関東財務局の評価額とは相当のへだたりがあるが、日本勧業銀行の評価額とは近似しており、特に薪炭材を無価値とした点では三者一致している。このことは、被告が故意に不当な過少評価をしたのではないことを示すものである。

5 東京営林局の評価額は、土地、立木合計二二、二八九、一八二円であるが、実際の買入価額は二二、〇〇〇、〇〇〇円であつて、その間二八九、一八二円の差異が存する。これは評価額は被告において買収可能な最高限度に過ぎず、実際の買入価額はこれを超えてはならないとされている(次官通達第3予定価額及び買入価額「営林局長は、評価調査により決定した価額をもつて買入又は交換の予定価額としなければならない。買入価額は予定価額をこえてはならない。営林局長は、売渡希望価額が予定価額をこえる場合には、予定価額に達するまで減価するよう相手方に勧奨しなければならない」)ので、一、〇〇〇、〇〇〇円未満のは数を切捨てた買入価額を原告らに示したところその承語が得られたためにこれに決定したことによるものである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求の原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、原告らの主張の当否を判断するための前提として、本件山林の売貿契約当時の真の材積がどの程度であるかを検討することにする。

1  鑑定人近藤正巳の鑑定の結果(以下近藤鑑定という。)の

うち、材積調査の信用性について、近藤鑑定人作成の鑑定書(以下近藤鑑定書という。)によれば、その材積調査の方法は、本件山林の全域に水平距離一〇〇メートル平方の格子により総数五八〇の格子点を設定七5(ハ)し、このうちより一〇二の格子点を乱数表により任意に抽出し、その抽出された各格子点から北へ水平二〇メートル、西へ水平二〇メートルの方形標本林地(二〇メートル平方、すなわち四アール)を設定し、標本林地内の、胸高直径六センチメートル以上の全林木について胸高直径と樹高を測定し、その結果四アールの平均蓄積を算出し、これに面積を乗じて全蓄積を推定したものである(同鑑定書第二ないし第九丁)。

ところで、鑑定人黒岩菊郎作成の鑑定書(以下黒岩鑑定書という。)は、同鑑定人が近藤鑑定書の中の標本地(以下プロツトという。)一〇個を抽出し、再度各プロツトについて実地に立木の毎木調査を行つた結果、近藤鑑定は次のように評価すべきものであるという。すなわち、

(一)  近藤鑑定の調査は、少ない人手を持つて、少ない時間で最も能率的に簡略な測定を実施したものである。そして、各プロツトの材積について、近藤鑑定と黒岩鑑定人の鑑定の結果(以下黒岩鑑定という。)との間には相関々係は認められなかつた。黒岩鑑定のプロツト材積の二割以上差のあるプロツトは近藤鑑定書の一〇個のプロツトのうち八個あつた。近藤鑑定書のプロツトの中には、調査の際に明らかに実測されていないと思われるものさえある。

(二)  近藤鑑定では、プロツト原点(プロツト原点とは、成立に争いのない乙第一四号証の一の説明によれば、現地において調査すべき二〇メートル平方の正方形プロツトの四隅の一点である。)へ到達する道筋およびプロツトの周囲のくまざさ類の刈払をした跡は全然見当たらなかつたが、その刈払をしないではコンパスの三脚をすえることも、先を見通すこともできず、正確な測定、正確な調査を期待することはできない。

(三)  近藤鑑定の調査作業の工程は、一カ班の人数は黒岩鑑定より少ないのにその二倍以上の工程であり、その能率が信じ難いほど上がつており、簡略化した測定方法と全員の不とう不屈の精神と超人的体力をもつてしなければ実現が不可能であつて、このような調査工程からして、近藤鑑定の調査は黒岩鑑定の調査と同様な正確さをもつて行なわれたとみることはできない。

しかし、以上の点については、成立に争いのない甲第一四号証(「黒岩鑑定書に対する所見」と題する近藤鑑定人作成の書面である。)記載の近藤鑑定人の指摘を参照しつつ黒岩鑑定書を子細に検討すれば、次のようにいうことができる。

(一)  サンプリング調査法においては、サンプルの個数はその調査の精度に直接つながるものであるが、サンプリング調査におけるサンプルの抽出という操作(近藤鑑定にいておは抽出された格子点に行きつくことである。)と抽出されたサンプルの計測(プロツト測定)という操作は、しゆん別して考えるべきであつて、プロツト原点へ到達するための測定の精度が若干誤差が大きくても、サンプルの抽出は、任意に抽出することが目的なのであるから、到達の経過とその抽出地域についての誤差が大きくても、その誤差が無意識の行動の結果であるならば、任意抽出の精度を減ずるものではないのである。

要するに、プロツト原点への到達が、ささの刈払をしなかつたために、仮に、正確でないからといつて、直ちに材積の調査の正確を期することができないとはいえないのである。

次に、プロツトの四囲の刈払については、甲第一四号証(一〇ページ)によれば、近藤鑑定はプロツト原点へ到達する途中の測量はできるだけ簡略にしたが、現地に到達してから、プロツトの四囲の刈払はなるべく行なわなかつたものの、精密に水平二〇メートル平方を測つたこと、また、ある立木がプロツトの中に入るかどうかは、プロツト原点から他の三方に残置した白、赤旗を望んで決定したこ,とが認められるのであるから、プロツトの四囲の刈払をすれば、四囲を確定するための測量および立木がプロツト内に入るかどうかの判定は容易になるであろうが、四囲の刈払をした場合に比して、近藤鑑定のプロツトの画定が不正確であるとか、あるいは、近藤鑑定の採用した、立木がプロツト内に入るかどうかの判定方法が不正確で誤差が大きいものであると判定する根拠はない。

また、甲第一四号証(一九、二〇、二一ページ)によれば、コンパス測量の精度自体限界があり、三脚をすえて丁寧に測量したからといつて、その割には精密にならないこともうかがわれるのである。

(二)  各プロツトの材積の両鑑定の相関々係については、黒岩鑑定書によれば、近藤鑑定の採用したプロツトについては、プロツトへ到達するための出発点にもプロツトの周囲にも何の標識もなかつたというのであり(一五丁)、しかも両者のプロツト原点へ到達するための測量の精度の差、すなわち、近藤鑑定においては、甲第一四号証(九、一八ページ)によれば、プロツト原点への到達は任意抽出の迅速を旨としてその測量の正確さを日標とはせず、刈払を行なわずささの間をはうかバツクで乗り越えてメートルなわを延ばして直進して測量していることが認められるのに対し、黒岩鑑定では、同鑑定書の鑑定事項第四項において「密生する丈余のくまざさの中で周囲の刈払をしないでは、コンパスの三脚をすえることも先を見通すこともできない。従つて正確な測定を期待することはできない」旨述べている(第五丁)ところからみれば、おそらくコンパスの三脚をすえ、ささの刈払をして測量していることがうかがわれるのであつて、この差異を考慮すれば、甲第一四号証の指摘のとおり(一二ページ)、両者はおそらく別の場所を調査しているのであるから、この間に相関が認められないのが当然であるといわなければならない。

黒岩鑑定書は、黒岩鑑定は、近藤鑑定のプロツトのうち出発点の明確なプロツトをとり、出発点からプロツトに至る距離の短いプロツトを選んで測定したのであるから、両者のプロツトのずれは少ないはずであり、なかんずく、測量距離の最も短いプロツトをとつてみれば、両鑑定の区画したプロツトが大きくずれるとは考えられないから、このプロツトの近藤鑑定による材積は、黒岩鑑定による同一プロツトの材積と対比して絶対にありえない数字であるという(第二四、二五丁)。

しかし、これも、甲第一四号証の指摘するとおり(一三ページ)、測量の誤差、錯誤の結果、プロツトがずれている可能性もないわけではなく、黒岩鑑定において右のような配慮が払われたという一事から直ちに両者がほぼ同一の場所を測定したものと推測するのは早計であるし、いわんや、明らかに実測されていないプロツトがあると断定することは失当である。(甲第一四号証の一三ページの記載によれば、近藤鑑定人は、このプロツトの調査を担当した者に面接して確実に実測したことを改めて確認したことがうかがわれる。)

もつとも、黒岩鑑定書自身、黒岩鑑定で測つたプロツトが近藤鑑定のプロツトと同じ場所であるか不明であるから、測量の誤差のための両方のプロツトが重ならなかつたために、大きな材積の差が生じたものに違いないとしているのである(第二四丁)。

(三)  近藤鑑定の調査の工程については、その工程が非常にはかどつた理由は、甲第一四号証(二一、二二、二三ページ)によれば、一日の作業時間の長かつたこと、プロツト

原点への到達は簡略な測量によつたこと、プロツトの測定の刈払はなるべくしないで四囲を決めたこと等であることが認められるから、(そして、右はおおむね了解しうる理由であるといえる。)工程が上がつているという一事から、調査がずさんで不正確であると推測することはできない。また、調査に要した時間数とその正確度が常に比例するものとも思われないのである。

以上詳述したとおり、近藤鑑定の材積調査は、黒岩鑑定によつてもその信用性を否定することはできないのであつて、他に同鑑定書を精査するも、あるいは本件全証拠によつても右鑑定の材積調査を信用できない特段の事情はうかがわれないのであつて、材積の認定に当たつて一資料とすることができるものというべきである。(乙第一四号証の一には、近藤鑑定人による調査鑑定の信ぴよう性は疑わしい旨の記載があるが、右書証の内容である東京営林局調査の当否については後述するところであり、右書証も近藤鑑定の信用性を左右するに足るものではない。)

2  ところで、成立に争いのない甲第一〇号証の二ないし六(日本勧業銀行の評価書)、甲第一一号証の二ないし一〇(大蔵省関東財務局の評価調書)、乙第一号証中の東京営林局評価調査書(三六ページないし四七ページ)は、薪材をすべて不採算のため経済的には無価値であるとしており、近藤鑑定書(第一七丁)も薪材は立木価を計算すると負価(赤字)となるとしているので、本件山林の立木中の薪材は経済的には無価値のものであると認めるのが妥当である。

してみれば、原告らの錯誤の主張等の当否を判断するに当たつて、薪材の材積のいかんは、ほとんど何らの影響も与えないものと考えられるから、これを考慮に入れる必要はなく、用材の材積のみを検討すれば良いことになる。

そして、近藤鑑定によれば(同鑑定書第七ないし第一三丁)、売買契約締結当時の、本件山林の立木の全材積は六〇五、四〇八石、用材は四一〇、九六五石であり(以上は、全林を搬出区別に推計したものであつて、立木価格の算定からいえば搬出区別に集計した蓄積を使うことが良いという。なお、搬出区とは、立木価を計算するために全林地利すなわち搬出の利便の程度によつて分けたところの搬出方法、搬出単価のほぼ等しい地域区分である。)また、全材積は五〇五、七〇一と六九八、一二四石との間に、用材は三三六、一五七石と五〇〇、六三〇石との間に、いずれも九五%の信頼度(確率)をもつて真の値が存在するといいうる(以上の信頼区間推定の基礎となつた材積は四アールプロツトの材積に単純に全林地面積を乗じて算出したもので、搬出区別に推計したものではない。)とのことである。

3  また、成立に争いのない乙第一四号証の一および同号証の二の一ないし九によれば、東京営林局において昭和三七年六月から八月にかけて、本件山林のサンプリング調査法による材積の調査を実施したことが認められ、乙第一四号証の一によれば、その調査は近藤鑑定とほぼ同一の方法により、やはり一〇二個のプロツトを設定して行なつたものであることがうかがわれる。

そして、黒岩鑑定は、営林局調査のサンプリングプロツトのうち乱数表を用いて無作為に抽出した二〇個のプロツトを再度実地に調査した結果、東京営林局の右調査(以下営林局調査という。)は、充分な時間と人手をかけて正確を期して実施したものであり、各プロツトの毎木調査の結果に基づくプロツト材積について、営林局調査と黒岩鑑定との間には高い相関々係があつたとしている(同鑑定書第二二丁)。

たしかに、黒岩鑑定書第一八丁の第2表および第一二丁の第4図(これらについての説明は第二二丁)によれば、両者のプロツト全材積には高い相関々係があるといいうるであろうし、また、乙第一四号証の二の七(プロツト別用薪別樹種別材積表)によれば、再調査した二〇プロツトの営林局調査による金材積の総計は、一八九・六〇立方メートルであるのに対し、黒岩鑑定によればこの材積は二〇七・〇六立方メートルであり(鑑定書第一八丁の第2表より算出)、両者の右数値もきわめて近似している。(黒岩鑑定の数値が営林局調査のそれの約一・〇九倍である。)

ところが、営林局調査の用材の区別すなわち、針葉樹は胸高直径二〇センチメートル以上(この場合不整形木、きず、空洞等のあるものを除く。)を用材とし、一〇センチメートル~一八センチメートルをパルプ用材とし、六センチメートル~八センチメートルを薪材とし、広葉樹はぶな、かつら、なら、しおじ、さわぐるみ、だけかんばの中で胸高直径三〇センチメートル以上で少なくとも一三尺(三・九メートル)以上の材がとれるもの(不整形木、きず、空洞等のあるものを除く。)を用材とし、それ以外のものと六センチメートル~二八センチメトルのものをすべて薪材とするとの区別(乙第一四号証の一の二二、二三ページ)に従つて、黒岩鑑定書添付の毎木調査表によつて、右二〇プロツトの黒岩鑑定による毎材の材積を算出すれば、別紙第一表のとおりとなり、その合計は一二三・二〇立方メートル(うちパルプ用材が二.四八立方メートル)となる。(毎木調査表に「かそんば」とあるのは「だけがんば」であるものとして右基準に合致するものは用材とした。また、第一表には、右二〇プロツトの全材積のほか、近藤鑑定の一〇プロツトの全材積と用材の材積をも記載した。)これに対して営林局調査によれば、右二〇プロツトの用材の材積は、乙第一四号証の二の七に基づいて計算すれば第一表記載のとおり八八・四四立方メートル(うちパルプ用材は二・七三立方メートル)となり、両者の、パルプ用材を除く用材の材積を比較すれば(パルプ用材はわずかであり、しかも近藤鑑定書第一八丁によれば、その価格をも考えれば微々たるものであるとのことなので、これを除くことにする。)営林局調査が八五・七一立方メートルであるのに対し、黒岩鑑定は一二〇、七二立方メートルであつて、約一・四一倍となる。(なお、パルプ用材をも含めて計算すれば約一・三九倍である。)

そして、黒岩鑑定によれば、その調査に当たつては、プふツト原点を基準として新たに二〇メートル平方のプロツトを設定したのであるが、前年の営林局調査のプロツトの四隅と合致しないプロツトもあり、その場合には新たに黒岩鑑定人の設けたプロツトを測量したことが認められるが、また、同鑑定によれば、営林局調査の際のプロツトの見出し標識、プロツト原点標がほとんど完備していたのでプロツトの発見は容易であつたこと、見出し標識からプロツトに達する間のささの刈払は大体良く行なわれていたので測量は容易で測量上の誤差はほとんど見出されなかつたこと、プロツトの四隅のくいも完全で周囲の刈払もしてあつたこと等の事実が認められるのであるから(同鑑定書第一五、一六丁参照)。四隅の合致したいプロツトがさほど多数であつたものとも思われず、たとえ合致しなかつたとしても、大きくずれることは考えられないのであつて、両者はほとんど同一の場所を測量していることになる。それにもかかわらず右のように両者の用材の材積が相当異なつている事実と、黒岩鑑定の調査の信用性が高いものである事実(黒岩鑑定書の第一二丁、調査の方針等によれば、同鑑定は相当多数の人手と充分な時間をかけた上、正確な調査をすること記録を確実にすることを特に注意したものであることがうかがわれるのであつて、その他同鑑定書を仔細に検討すれば、その材積調査自体は正確であり、信用性が高いものといいうるのである。)にかんがみれば、営林局調査の用材の材積調査はにわかに信用し難いものであるといわなければならない。

そして、営林局調査の一〇二プロツトのうち、無作為に抽出した二〇プロツトの用材の材積が右のように黒岩鑑定との間に差異があるのであるから、他の八二プロツトの用材の材積も同じ程度の差異があるものと推認しうるのであつて、結局営林局調査と黒岩鑑定とを合わせ考えれば、本件山林の立木中、用材の材積は、営林局調査による用材(パルプ用材を除く)の材積二一一、三三六石、乙第一四号証の二の七の表による。)を一・四一倍した約二九八、〇〇〇石であるということができる。(なお同様にして全材積を推認すれば、営林局調査の全材積四五八、八四九石を一・〇九倍して約五〇〇、〇〇〇石となる。)

ちなみに黒岩鑑定による営林局調査の二〇プロツトの用材のに、積材本件山林の全面積(近藤鑑定に従つて五九五、六二ヘクタールとする。)を二〇プロツトの面積で除した数値を乗じて用材の全材積を推定すれば約三二三、、六〇〇石となり、近藤鑑定の一〇プロツトを合わせた、黒岩鑑定の調査した全三〇プロツトを無作為のサンプルと考えて(前記のとおり、近藤鑑定の一〇プロツトは無作為に抽出されてはいない。)、同様に計算すれば(三〇プロツトの用材の材積は第一表によつて算出すれば一六三・九六立方メートルである。)約二九三、〇〇〇石となる。

4  近藤鑑定による用材の材積(同鑑定書第一三丁の表によれば、パルプ用材を除けば四〇五、八七五石である。)と、右のようにして推認した用材の材積とを総合判断すれば本件山林の真の用材の材積は少なくとも約三〇〇、〇〇〇石はあるものということができる。

そして、本件山林を買入れる際の東京営林局の調査は、証人柴本正三、原脩の各証言によれば、営林局の職員四名と作業員により、一〇日間で行なつたことが認められ、これは近藤鑑定、営林局調査、黒岩鑑定に比してはるかに少ない人数と日数であるものというべく(しかも、成立に為いのない乙第号証-氷川保安林林相図-に右各証言を合わせ考えれば、買入時の営林局の調査は、全地域の一〇〇分の五の漂準地について毎木調査をしたこと、また、狭い土地ではあるが、一カ所は全林毎木調査を行なつたことが認められるのに比して、黒岩鑑定書第一〇一丁の別表6によれば、プロツト面積と全面積との比率は、営林局調査と近藤鑑定が約一五〇分の一、黒岩鑑定は約五〇〇分の一であることがうかがわれるのであつて、買入時の営林局調査の対象となつた面積は、はるにか広大なのである。)、右事実にかんがみれば、この調査の結果も前記認定を左右するに足るものではたく、また、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

本件山林の売買契約の締結の際、その立木中の用材の材積が一五二、五七五石であるものとされたことは当事者間に争いがないが、右認定にかかる真の材積は、少なくともこの約二倍に当たるのである。(もつとも、近藤鑑定もしくは営林局調査の用、薪材の区別の基準と買入の際に営林局の採用したそれとは異なつているが、この点については後述する。)

ところで、乙第一号証によれば、本件山林の買入に当たつて、用材のうちぶな、さわぐるみ、ざつは経済的に無価値とされているので、右樹種の材積を差引いた材積を比較するならば、近藤鑑定による用材の材積から右樹種(同鑑定においてはざつは用材に含まれていない。)の材積を同鑑定書第一三丁の表によつて算出して控除すれば三一〇、〇五〇石となり、また、営林局調査を黒岩鑑定によつて修正して算出した前記用材材積も右と同じ割合によつて減少するとすれば、二九八、〇〇〇石に四〇五、八七五分の三一〇、〇五〇を乗じて約二二八、〇〇〇石となり(営林局調査の樹種別材積の割合が必ずしも正確であるとはいえないことは後述する。従つて、営林局調査による全用材の材積より右樹種の材積を差引いた数値を一・四一倍することによつては、右樹種を控除した用材の真の材積を推認することはできないのである。)

結局真の材積は少なくとも約二三〇、〇〇〇石はあるものと認めるべきであるのに比して、乙第一号証によれば、売買契約の際表示された、用材の材積より右樹種の材積を控除した材積は一一八、八〇七石であるから、やはり約二倍はあるものということができる。

三、次に、右のように真の材積と、買入時の契約締結の際表示された材積との差異が売買代金にどの程度の影響を与えるかを検討しなければならない。なぜならば、真の材積を問題とするのは、それが売買代金の多寡に密接に関連するからにほかならないからである。

そこで、右に認定した用材の材積があるとすれば、東京営林局が本件山林の買入に当たつて採用した評価方法および評価価額によつたとしても、その売買代金額がおよそどの位になつていたかを判断する。

1  乙第一号証によれば、本件山林の買入に当たつて評価の対象となつた立木は、施行令第五条第一号の立木すなわち、適正伐期齢級以上の齢級に属する立木および適正伐期齢級未満の齢級に属する立木で市場価格のあるものであつて、同条第二、三号に該当する立木は存在しなかつたこと、立木の評価に当たつては日本勧業銀行および大蔵省関東財務局の評価を参しやくしたが、結局時価として施行令第五条所定の基準価額を適当としてこれによつたことがめ認られる。

そして、施行令第五条第一号によれば、同号該当の立木は同令附録第一の算式すなわち、

{f1((A1/1+1r)-B1)+f2((A2/1+1r)-B2)+f3((A3/1+1r)-B3)}V

によつて算出される額が基準価額となるのであるが、乙第一号証によれば、前記のとおり、本件買入においては薪炭材は経済的に無値価のものとして取扱われ、従つてその価額は算定されていないことが認められるから、本件山林の立木の基準価額は、用材の価額すなわち、次の算式によつて算出された額のみによつたことになる。

f1((A1/1+1r)-B1)V

(施行令附録第一の算式の説明によればf2((A2/1+1r)-B2)Vは薪材の、f3((A3/1+1r)-B3)Vは炭材の価額を算出するための算式であることが明らかである。)

さらに施行令第五条第一号によれば、基準価額は樹種別に右算式によつて算出すべきものとされており、また、事実乙第一号証によれば東京営林局でも、本件山林の買入に際し、右旋行令に従い、樹種別の一石当たり単価を算出し、これにその樹種の材積を乗じ、このようにして算出した各樹種の価額を総計して立木の基準価額を算出していることが認められるから、さらに用材の各樹種別の材積が明らかにされなければならない。

2  営林局調査は樹種別にその材積を明らかにしているのではあるが、黒岩鑑定は前記のとおり営林局調査のプロツト一〇二のうち二〇プロツトについて再調査しているに過ぎないのであるから、黒岩鑑定をもつてしては、営林局調査の全材積あるいは用材全体の材積の調査の当否についてはともかくとして、さらにそのうちの樹種別材積の調査についてまでその当否をうんぬんすることはできないものといわなければならない。(また、黒岩鑑定の調査自体によつて樹種別割合を算出するのも、その基礎となるサンプルの数が非常に少ない点からして、やはり妥当でない。)

ちなみに、営林局調査と近藤鑑定に共通の樹種について、それらの樹種の材積を総計した材積のうち、各樹種の材積の占める割合を算出すれば別紙第二表のとおりとなり(なお、参考までに同時に、成立に争いのない甲第一号証によつて、売買契約書表示の樹種別材積についても第二表に示す。近藤鑑定の樹種別材積は鑑定書第一三丁の表により、営林局調査のそれに乙第一四号証の二の表によつた。)、第二表にみるように、近藤鑑定と営林局調査とは樹種別割合がかなり異なつているのであつて、この事実からしても、営林局調査の樹種別割合は直ちに採用することができないことがうかがわれるのである。

従つて、樹種別材積を推測するための証拠資料としては、近藤鑑定のほかにはないといわなければならないのであつて、近藤鑑定による各樹種別材積を基準価額の石当たり単価(乙第一号証による。但し、円未満を四捨五入した。)に乗じて計算すれば、価額の総計は四六、六二七、五七一円となる。また、用材の全材積が少なくとも約三〇〇、〇〇〇石あることは前記認定のとおりであるが、三〇〇、〇〇〇石の用材の樹種別割合が近藤鑑定と同一であつたとすればその価額は、右金額に三〇〇、〇〇〇石を近藤鑑定による用材積四〇五、八七五石で除した値を乗じた額すなわち約三四、四六〇、〇〇〇円となる。

(なお、仮に、買入時の営林局調査の樹種別割合のとおりであるとすれば、三〇〇、〇〇〇石の用材の価額は、乙第一号証の基価準額の総計すなわち、一四、四八八、二九五円に、三〇〇、〇〇〇石を売買契約の際表示された用材の材積一五二、五七五石で除した値を乗じた額、約二八、四八〇、〇〇〇円となる。)

してみれば、立木の価額は、東京営林局の評価によつても、少なくとも約三〇、〇〇〇、〇〇〇円にはのぼるものというべきであつて、これは買入の際の実際の基準価額の約二倍となるのである。

3  ところで、近藤鑑定の用、薪材の区別の標準(同鑑定書第五丁、これは、前記の営林局調査の区別と比較してかつらだけかんばを用材としていない点のみが異なる。)あるいは営林局調査の区別の標準と成立に争いのない乙第一三号証の二(買入時の営林局調査による材積を樹種別、用、薪材別にまとめた表である。)とを対比すれば、両者の用、薪材の区別の標準は明らかに異なつている。(たとえば、乙第一三号証の二によれば、針葉樹の径級三六センチメートル以上のものも相当量薪材とされておりまた、広葉樹の径級二六センチメートル以下のものでも用材とされているものがある。)

しかし、前記算定因子に関する通達Bの内容が被告主張のとおりであることは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきであるが、右通達と施行令の附録第一の算式の説明によれば、右算式のA1は一石の素材の最寄市場における取引価格であつて、「当該立木中から生産される素材の長級別、径級別、品等別にそれぞれ最寄市場価格によつて算出し、これを生産割合によつて加重平均して一石の価格を算出する」ものとされているから、ある樹種の取引価格は、その素材がどのような長級、径級、品等のものによつて占められているよによつて異なる(長級、径級の大のもの、品等の良のものが大きな比率を占めれば、その樹種の一石当たりの取引価格が高くなるのが当然であろう。)のであつて、乙第一三号証の二によれば近藤鑑定(あるいは営林局調査)の採用した用材の基準に比して、針葉樹も広葉樹も、より径級の小さいものでも用材とされていることが認められるから、近藤鑑定等のいう用材の取引価格のほうが、買入時に用材とされたもののそれよりもおそらく高くなるものと推測されるのである(近藤鑑定等の用材は、径級の大のものすなわち、針葉樹は二〇センチメートル以上、広葉樹は三〇センチメートル以上のものばかりであるのに比して、乙第一三号証の二よれば、買入時の営林局調査による用材の中には、右の径級以下のものも含まれている。もつとも、厳密にいうならば、両者の用材の径級別分布すなわち生産割合を明らかにしなければならない。)。

もつとも近藤鑑定においては、たとえば針葉樹の径級二〇センチメートル以上のものはほぼ一率に全部用材としているのに対して、乙第一三号証の二よれば、それらのものでも(量は少ないが)薪材とされているものがあるのであつて(また、広葉樹のうちぶな、なら等の径級三六センチメートール以上のものでも、用材とされているものは少ない。)この事実からすれば、乙第一三号証の二は、長級、品等によつてさらに絞つて、その一定の標準以上らにのもののみを用材としている可能性もある。しかし、乙第一三号証の二は、径級別に分類しているのみで、品等別の分類はしていないし、甲第一〇号証の六および第一一号証の一〇によれば東京営林局が日本勧業銀行と大蔵省関東財務局へ本件山林の立木の評価を依頼した際も、立木の径級別分類をした一覧表(乙第一三号証の二と同一のもの)のみを添付しているに過ぎないことを考えれば(その他本件全証拠によるも、買入の際東京営林局が立木を長級別、品等別に分類して取引価格を算定した事実はうかがわれない。)東京営林局において特に長級、品等の良質のもののみを用材として分類したものとも思われないのである。(買入時の東京営林局の用、薪材の区別の標準は本件全証拠によるも明らかでない。)

なお、近藤鑑定書第四二丁の附表6「素材市場価」によつても、市場価は径級別にそれぞれ異なる値が表示されているだけであつて、長級、品等はすべて一率のものとされている。

そして、前記算式のうち他の因子が同一の場合(施行令附録第一の算式の説明と通達Bによれば、他の因子は、用材の径級、長級、品等などによつて影響されないものと思われる。もつともf1すなわち、その立木の利用率は、影響されるとしても、径級が大となれば大となるであろう。」、取引価格A1大となれば、ある樹種の石当たり単価すなわちf1((A1/1+1r)-B1)は大となるのである。要するに、近藤鑑定等のいう用材の単価は、おそらく東京営林局が買入時に算出した単価より高くなるものと思われるのである。

4  なお、前記算式すなわち、

f1((A1/1+1r)-B1)V

の各算定因子の内容について、施行令附録第一の算式の説明と通達Bによつて検討するに、Vすなわちその立木竹の材積を除いた各因子のうち材積の多少によつてその数値が影響を受けると思われるものは、因子1だけであつて、他の因子は材積にかかわりなく一定の値である。

1は、その立木竹の伐出事業の投下資本の推定回収期間であつて、事業期間の二分の一ないし三分の二であり月数で表わすものとされているが、材積が大となればこれに対応して事業期間も長期になることが予想しうる。

しかし、仮に、この値が材積によって変動するものとしても、事業期間は最高三ケ年とするものとされているから、1は最大でもその三分の二の二四ケ月であり、最小の場合は一カ月であるからrを右通達に従つて月一分として計算すれば、1r〇・〇一と〇・二四との間の値となり(1/1+1r)は約〇.八〇六と約〇・九九〇の間の値となる。材積が二倍になつたからといつて、事業期間が非常に長期になるとは考えられないから、材積が買入時の営林局調査のとおりである場合と、その二倍である場含の(1/1+1r)の値は、〇・〇八六と〇・九九〇の巾よりもさらに相当絞られた区間に位置することになると思われる。

右のように、材積が約二倍になつたことにより1の値が仮に多少変動したとしても、(1/1+1r)の値は、おそらくきわめてわずか変動するに過ぎないのであるから、この値は1の値のいかんにかかわらずほぼ一定と考えてさしつかえないと思われる。してみれば(1/1+1r)は材積が二倍になつたからといつてこれに影響されないほぼ一定の値であると考えてもそれほど大きな誤差は生じないであろう。従つて、(f1(A1/1+1r)-B1)は材積が二倍になつたとしても、これにかかわりないほぼ一定の値となり、ある樹種の立木の価額

f1((A1/1+1r)-B1)V

は、Vすなわちその樹種の材積に大体比例することになると考えても大きな差異は生じないことになるのであつて、前記の、基準価額は材積に完全に比例すると考えて算出した価額も、大きな誤差はないといいうるのである。

5  次官通達(通達の内容が被告主張のとおりであることは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきである。)第3「予定価額および買入価額」によれば、評価調査により決定した価額は、買入の予定価額であつて、買入価額は予定価額を越えてはならないとされており、評価調査により決定した価額は買入価額の最高限度を示すものに過ぎないと認められる。

しかし、措置法第七条は買入の立木の価額は「時価によるものとし政令の定めるところにより評価基準に基づいて算定しなければならない」としており、また、証人松下久米男の証言および原告松原平蔵の本人尋問の結果によれば松原平蔵は買入時の営林局調査による本件山林の立木の材積が非常に少なく、その結果価額もきわめて少額であると営林局に申入れていたこと、当時東京営林局の経営部長として保安林買上げの事務を総括していた松下久米男も、少しでも高く買入れようという気持でいたことが認められるのであつて、その買入価額、が予定価額より相当に低額に決定される可能性はほとんどなかつたものというべきである。従つて、施行令第五条によつて算定された予定価額が約三〇、〇〇〇、〇〇〇円であつたとすれば、買入価額もこれと近似した価額に定められたであろうと推測できる。

6  以上要するに、用材の材積が少なくとも約二倍であつたならば、本件山林の立木の買入価額もおそらく実際の買入価額(乙第一号証により一四、三〇〇、〇〇〇円であつたものと認められる。)の少なくとも約二倍にはなつたであろうと推認することができるのである。

四、以上の判断を基礎として、まず原告らの錯誤の主張について判断する。

甲第一号証、乙第一号証、原告松原平蔵の本人尋問の結果によつてその成立を認めうる甲第二号証、成立に争いのない甲第三号証、証人松下久米男、柴本正三、尾崎義治の各証言、原告松原平蔵の本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

1  松原平蔵は、同人の家族である原告ら五名の共有にかかる本件山林の売買につき、原告側においてもつぱらその交渉に当たつていたが、当初、本件山林の材積は、昭和一二年の東京営林局調査(甲第二号証)および昭和三〇年一〇月の東京都経済局農林部の調査(甲三号証)の結果からして、用、薪材合わせて少なくとも六〇〇、〇〇〇石(うち用材は少なくとも四七〇、〇〇〇石)はあるものと確信し、本件山林の価額としても、一二、〇〇〇、〇〇〇円位、少なくとも九三、〇〇〇、〇〇〇円位で買上げてもらいたいと東京営林局へ申出た。

2  東京営林局では、原告らより本件山林の買入の申込を受けたので、その材積調査を昭和三〇年一〇月から一一月にかけて実施し、用材は一五二、五七五石、薪材は一六二、三四一石であるとの結果が出た。そして、右の調査に基づいて本件山林の買入価額は土地と立木を合わせて二二、〇〇〇、〇〇〇円と決定された。

3  松原平蔵は、右の結果を営林局より知らされて自分のかねてから信じている材積よりもはるかに少なく、その結果として価額も予想よりもきわめて少額であるので、当時東京営林局の経営部長として保安林買上の事務総括していた松下久米男と、昭和三一年一月から三月の間に数回会見して営林局の調査による材積は非常に少ない、少なくとも六〇数万石はあると申入れたほか、さらに、東京営林局の計画課企画係長として右調査を担当した柴本正三にも、材積が非常に少ない、あまり差異が大きいから良く調べてもらいたい旨を述べ、同局経営部治山課保安林係長としてやはり本件山林の買入に関係していた尾崎義治にも、自分の考えているよりも材積がはるかに少ないと申入れた。

4  しかし、松下経営部長は、このような松原平蔵の申入に対して、営林局の調査は、充分正確に調べた結果であるから、これに間違いがあるはずはない、松原平蔵の考えている材積がむしろ誤つていると述べてその態度を変えないので、松原平蔵としても、日本の森林行政を預かつている役所の責任ある地位の人物が述べていることではあり、東京営林局の調査は間違いないものであつて、材積もその調査のとおりであると信ずるに至り、昭和三一年三月三〇日、売買契約書(甲第一号証)に買入時の営林局調査に基づく用、薪材別、樹種別材積を明記して、本件山林を二二、〇〇〇、〇〇〇円(うち土地は七、七〇〇〇、〇〇〇円、立木は一四、三〇〇、〇〇〇円)で売渡すことにした。

右の事実によれば、原告らは、前記認定のとおり本件山林の立木のうち用材の材積が真実は少なくとも約三〇〇、〇〇〇石はあるにもかかわらず、これが一五二、五七五石であるものと誤信して本件山林を売渡したものであり、右材積はその売買にあたつて当事者間において表示されていたということができる。

そして、用材の材積に関する右の錯誤は、真の材積が少なくとも約二倍にものぼる(その価額も、少なくとも約二倍以上であることは前記認定のとおりである。)のであるから、原告らの売渡の意思表未の重要な部分に存する錯誤、すなわち法律行為の要素の錯誤というべきであつて、原告らの意思表示は無効であり、本件売買契約は無効であるといわざるをえない。

六、よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、原告らのその余の主張について判断するまでもなく理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおら判決する。

(裁判官 田嶋重徳 田中良二 矢崎秀一)

物件目録<省略>

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